科学(宇宙、物理学、数学) 3分でわかるシリーズ

3分で分かる「二重スリット実験」【電子は粒子であり波?】(わかりやすく解説)

投稿日:2018年7月8日 更新日:

目次

初級編(50%の二匹の猫)

今から説明することは、電子などの極めて小さい、ミクロの世界の話である。

物理学の知識がない方にも分かるように、電子の代わりに猫を例にして説明したい。

ここから説明したいのは、猫(電子)の振る舞いについてである。

さて、あるところから解き放たれた一匹の猫が50%の確率で木の右か左を通るとする。

木の周辺は真っ暗で私たちは何も見えない。

このとき50%の確率で左を通る猫と50%の確率で右を通る猫が同時に発生しているのだ。

猫が二匹になっているのではない。

猫の通る場所が確定していないのである。

そのため確率的に通る場所を示すしかない。

 

そんな馬鹿なっ!と思うかもしれない。

私たちが知らないだけでどちらかを通っているはずだと思うだろうがミクロの世界では通用しない。

信じられないかも知れないが、このように考えないと説明がつかない事象がミクロの世界では起きている。

それでは光を当ててみれば、木のどちらを通ったか分かるのではないかと思うだろう。

ところが、光を当てるとその瞬間に確率的に存在していた50%の二匹の猫から、木のどちらかを通っている1匹の猫になってしまうというのだ。

物理学の世界で最も一般的な解釈は、観測した瞬間に50%の二匹の猫が1匹の猫に収束するというものだ。

コペンハーゲン解釈と呼ばれる。

なぜそうなるのかは考えてはいけない。

この考え方を無条件に受け入れさえすれば、全てうまく説明できるのだから。

もう一つの解釈(多世界解釈)

もう一つの解釈がある。

多世界解釈と呼ばれるものである。

50%の二匹の猫はどのように解釈されるのだろうか。

あるところから解き放たれた一匹の猫が50%の確率で木の右か左を通るとする。

ここは同じである。

そして50%の確率で左を通る猫の世界と50%の確率で右を通る猫の世界の二つが存在している。

ここが異なる。(一つの世界か二つの世界の違い)

 

光を当てた瞬間、私たちは、猫が左にいるのか右にいるのかを知ることになる。

もし、猫が左にいたとしたら、木を通り過ぎるときから自分はもともと猫が左を通り過ぎる世界にいたことになる。

そして別の世界の自分は、木を通り過ぎるときからもともと猫が右を通り過ぎる世界にいることになる。

言いかえると左を通った猫を見た自分の世界と、右を通った猫の自分の世界が並行に存在しているのである。

とても奇妙な考え方であるが、現在、この考え方を支持する人が多い。

コペンハーゲン解釈との違いについてであるが、コペンハーゲン解釈では、世界は一つであり、猫は左を通った猫と右を通った猫は確定しておらず、確率的に存在している。

それに対して多世界解釈では、左を通った猫の世界と右を通った猫の世界の二つが並行して存在していると考える。

上級編(二重スリット実験)

「50%の二匹の猫」は、「二重スリット実験」を分かりやすく説明するためにシンプルにしたものである。

では「二重スリット実験」とはどんなものであるのか。

次のような2つのスリットがある板に電子を当てるという実験である。

電子は、スリットの向こう側にあるスクリーンに当たり、当たった場所に模様を作る。

電子は、一つ二つと数えられる粒子の集まりである。

イメージしやすくするため、ここで、パチンコ玉をスリットに発射した場合をイメージしてみる。

スリットが1つの場合、スクリーンに作り出される模様は次のようになる。

スリットが2つの場合、スクリーンに作り出される模様は次のようになる。

次にパチンコ玉ではなく、電子だったらどうなるだろうか。

電子一つ二つと数えられる粒子なのでパチンコ玉のときと同じになると思うだろう。

スリットが1つの場合、電子はスクリーンに次のような模様を作る。

パチンコ玉と同じである。

スリットが2つの場合はどうなるであろうか。

何と次のような縞模様になるのである。

パチンコ玉の場合とは異なる。

これはどういうことか。

このような縞模様は、池などに石を投げた時の波紋で説明できる。

電子は粒子ではなく波のようにして広がって進むということなのだろうか。

とてもイメージしにくいだろう。

私たちはどう理解したらよいのだろうか。

50%の二匹の猫の例を思い出してほしい。

電子は、2つのスリットに発射されたとき、「50%の二匹の猫」の例と同じように場所は確定しておらず、確率的に二つのスリットを通過していると考えるのである。

正確に言うと二つのスリットだけでなく、複数の場所に確率的に存在しているのである。

そしてその確率的に存在している状態が波に似ており、波同士がぶつかり合うところがより波が高くなる。

波が高いところが電子が存在する確率が高い場所であり、スクリーンに当たった瞬間、粒子が一つの場所に収束して縞模様となるのである。

物理学の世界で最も一般的な解釈は、こう理解されるのである。(コペンハーゲン解釈)

納得いかないところがあるが、このような理屈を落としどころにしているのである。

ここで疑問が生じる。

二つのスリットだけでなく、波のように広がりを持って、その広がったそれぞれの場所に同じ確率で存在しているといっても、私たちが知らないだけであって実は、電子は場所を確定させながら飛んでいるのではないだろうかと思うだろう。

そこで2つのスリットを通る瞬間に光を当てて、どちらのスリットを通ったか観測すると分かるのではないだろうか。

実際にやってみると更に奇妙がことが起きるのである。

パチンコ玉を二つのスリットに発射したときと同じように2つの縞模様となるのである。

何と複数の縞模様が消えてしまうのである。

これはどういうことか。

電子を観測したことが、スクリーンに出来る模様に影響したということか。

物理学の世界で最も一般的な解釈では、電子を見た瞬間、確率的に波のように広がっていた電子は、1つの粒子に収束するということである。

そのため、一度、収束した電子は粒子としてしか振舞えず、パチンコ玉を二つのスリットに発射したときと同じように2つの縞模様となるのである。

何とも不思議な話である。

 

2025年7月21日追記(最新の研究)

1. 観測と人間の意識に関係はあるのか?

近年の量子力学の研究において、「人間の意識が量子の世界に影響を与えるのではないか」という仮説が一部で注目を集めている。たとえば、「人が対象をじっと見つめることで、量子の波の模様(干渉パターン)が変化する」とする実験報告も存在する。このような結果は、「意識が現実に干渉している」と解釈されがちである。

しかし、現在の科学的な主流の見解は異なる。大多数の研究者はこの現象を「意識によるもの」とは捉えておらず、より現実的な物理的要因によって説明している。

量子の状態は、「重ね合わせ」という性質を持っているが、外部との相互作用によって急速にその状態が壊れてしまう。

この「外部」とは、測定装置そのもの、周囲の光子や空気分子、あるいは人間の存在によってもたらされる環境の変化などが該当する。

こうした外部との干渉によって、量子的な重ね合わせの状態がたとえば粒子のような状態へと移り変わるのは、意識によるものではなくやはり観測という行為によるものだろう。

2. 「暗い光子」による新しい干渉理論

2025年に提唱された新理論により、光の干渉に対する理解に新たな視座がもたらされた。それは、「明るい光子」と「暗い光子」という2種類の粒子の存在を仮定し、光の干渉を波ではなく、粒子の重ね合わせとして説明しようとするものである。

従来、光の干渉現象は「波としての性質」によって説明されていた。しかしこの新しいモデルでは、あくまで粒子的な相互作用によって同様の現象が起こり得るとする。

かなり斬新な理論である。この理論が正しければ、波と粒子という二項対立の再解釈につながる。

ただし、このモデルはまだ仮説段階のようである。

3. 時間も「スリット」になり得るのか?

これまでの「二重スリット実験」は、空間的なスリットを通る粒子の振る舞いを観測するものであった。

しかし最近では、時間そのものにもスリットのような役割があるのではないかという仮説が登場している。

つまり、異なる時間で同じスリットを通り過ぎた粒子同士が干渉を起こすというものである。

とても面白いアイデアである。

このアイデアを日常の例で表すと、改札が2つある駅で、どちらの改札を通るかによって人の流れが変わるという状況があるとする。

ここで新たに、「改札を通る時間」――たとえば8時ちょうどか8時1分か――によってもホーム上の混雑パターンが変わる可能性があるというのが、「時間のスリット」という考え方である。

量子の世界では、粒子(光子など)が「どこを通ったか(空間)」だけでなく、「いつ通ったか(時間)」という情報も干渉に関与しうる。つまり、粒子がAという瞬間に通ったか、Bという瞬間に通ったかという「時間の重ね合わせ」が、観測される結果を変化させる可能性があるのだ。

この仮説が正しければ、時間もまた空間と同様に量子的な性質を持つことになる。

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